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2010年11月14日 (日)

パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集

「パパラギ はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集」

著:エーリッヒ・ショイルマン、ソフトバンク文庫

会社の上司オススメの本で読んでみました。

この本の初版は、1920年。今からちょうど90年前に世に出て多くの人に読まれた本です。
今回は、その復刻文庫本を読みました。

昔のベストセラーは、時間がたってから読むとさらにいい味を出していたりしますが、この本も同様、まったく色あせずおもしろい味を出していました。

サモア諸島のウポル島ティアベアに住む酋長ツイアビが、文明社会のパパラギ(当時の白人を指す)を見たときに感じた疑問・こっけいさをツイアビの視点で書いている本です。

要するに、心の豊かさとは必ずしも文明によってかなえられるものではないということを書いている気がします。

以下、本文より印象的だった文章を抜粋。

「ある人がお金をたくさん、普通の人よりはるかにたくさん持っていて、そのお金を使えば、百人、いや千人がつらい仕事をしなくてもすむとする。だが、彼はだれにも何もやらない。ただ丸い金属をかかえ、重たい紙の上にすわっている。・・・(中略)・・・
こうしてヨーロッパでは、半分の人たちが、ほんの少ししか、またはまったく仕事をしない。その一方、他の半分はたくさん汚れる仕事をしなければならない。この人たちには日なたぼっこの時間もないが、他の半分にはたっぷりとある。」

「物がたくさんなければ暮らしてゆけないのは、貧しいからだ。」

「熟したヤシは、自然に葉を落とし実を落とす。パパラギは、葉も実も落とすまいとするヤシの木のように生きている。「これはおれのものだ!取っちゃいけない!食べちゃ行けない!」-どうすれば、ヤシは新しい実を結ぶか。ヤシはパパラギよりもずっとかしこい。」

文明が進んで、もちろんよくなったこともたくさんあるわけだけれど、ものの見方はひとつじゃないと気付かせてくれる本でした。

自分が住んでいる世界はまだまだせまい!

ところで、昨日、ずっと末っ子だと思っていた父親に、実は妹がいたのだけれど、一歳の時に風邪をこじらせて亡くなっていたという話を初めて聞く。
また、父親のお兄さんも一人、喘息で小さい頃に亡くなっているとのことで(この話は知っていた)、昔の田舎ではよくあった話。
と、ホッピー片手に話す父。
父親が子供の頃なので、ほんの約60年前の話。

時代はどんどん変わっていくんだなぁ。
そして、両親のこと、意外と知らないことがまだまだたくさんあるんだろうなぁ。

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